2020年11月24日
社会・生活
研究員
間藤 直哉
【編集部から】リコーグループは2020年11月を「リコーグローバルSDGsコミュニケーション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。
「ドン、ドン、ドン!」―。全身で感じ、腹の奥まで響く和太鼓の音。祭りで体感するのが一般的だが、筆者は過去5年間、国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)へ足を運び、「和太鼓療育フォーラム」を鑑賞してきた。療育の一環として、障がいのある子供たちが中心となり、和太鼓の腕前を披露する晴れ舞台だ。
和太鼓療育フォーラム2019の舞台
(提供)NPO法人和太鼓文化研究会
2020年はコロナ禍で開催がどうなるのかと気を揉んでいたが、主催者のNPO法人和太鼓文化研究会によると、1日の公演回数を減らして12月12、13日の開催が決まった。また、同研究会主催で東京五輪・パラリンピックの応援・文化イベントとして2020年8月に予定されていた「和太鼓チャレンジコンサート・スペシャル企画」も、2021年3月7日に実施予定という。
「和太鼓療育フォーラム2020」案内ポスター
(提供)NPO法人和太鼓文化研究会
毎年、和太鼓療育フォーラムに参加する団体の中で、筆者が目を奪われるのは調布市立調布中学校の和太鼓部による演奏だ。他の参加団体は5~10人で演じるが、調布中学校は約30人が舞台に立つ。このため、ひと際大きな音量で和太鼓の音が響きわたり、全員が一糸乱れず太鼓をたたきまくる姿に圧倒されるのだ。
その顧問の土方恒徳先生を取材し、和太鼓部の活動について話をうかがった。14年前、先生は障がいのある生徒が通う支援学級を受け持ちたいと願い、調布中に赴任した。その際、支援学級の生徒向けの和太鼓部の顧問に就いてほしいと頼まれ、経験は全くなかったが引き受けたという。前任地でやはり未経験のバスケットボール部顧問を務めており、それが頭にあったからだ。ビデオ教材で独学したり、地元の和太鼓経験者に教わったり苦労を重ねた末、腕前を上げて名指導者となる。
土方先生と和太鼓部の部員
支援学級の療育では水泳やダンスなどがとり入れられ、和太鼓もその1つである。土方先生はその教育効果を次のように説明する。「支援学級に通う生徒にとって、和太鼓は体と心と脳の発達にとてもよいとされています。和太鼓をたたくことによる刺激で脳の働きが安定し、落ち着きが出るそうです。たたいている間は余計なことを考えないため、情緒が安定するともいわれます」―
体力面でもそのメリットは大きい。調布中がよく演奏するのが、「三宅太鼓」と「ぶち合わせ太鼓」。三宅太鼓では、横置きの太鼓に対し、開脚して腰を落とした姿勢でたたく。身体の左右両側の協調が求められるため、バランス感覚を養うことができる。一方、ぶち合わせ太鼓では、3人1組で何度も立ち位置を変えながら、順番に太鼓をたたいていく。待機状態では開脚座り、たたくたびに立ち上がるため、体力が付くのだ。また、両方ともに調布中はあえて太く重いばちを使うため、筋力もアップするという。
三宅太鼓の練習に励む部員
中学1年生の入部早々はまだ体力も筋力もないため、ばちをただ振っているだけ。ところが半年も過ぎると、校内の音楽祭や地域のイベントに呼ばれ、上級生に交じって力強く太鼓をたたけるようになる。部員が一つになって創り上げる見事な舞台を目にすると、感極まって涙する親も少なくないという。子どもはそんな親の姿を見ながら、「頑張ってきてよかった」と思うという。
和太鼓を通じて、生徒は少しずつ自信を付けていく。支援学級に通う多くは何らかのコンプレックスを持っているそうだが、土方先生は「自信を付けることでコンプレックスが減っていく」と指摘する。
もちろん、その過程では失敗もするが、それが学びとなる。支援学級には失敗や間違いを極端に嫌う生徒も少なくない。このため入部したばかりの4月には、練習がうまくいかないと、ばちを投げつけて部室を出て行ってしまうという光景が連日のように繰り返される。だが、先生は「失敗しても間違えてもいいんだよ」と粘り強く指導に当たり、仲間は「がんばれ!」と声援を送り続ける。
こうして根気強さと失敗を恐れない心が育まれ、数カ月後には地元の祭りで舞台デビューを飾れるようになる。筆者も、本番の舞台で演奏中にばちが折れても、平然と予備を取りに行く姿を何度か目撃している。「心が強い子たちだな」と感心するばかりだ。
元々は支援学級の生徒向けに創設された和太鼓部だが、今では通常学級の生徒も交じって活動している。全国的にも珍しい取り組みだという。始まりは10年ほど前。通常学級の生徒が「入部させてほしい」と土方先生に直訴してきたのだ。音楽祭で支援学級の生徒たちが和太鼓をたたく姿を見て、「カッコいい。やってみたい」と思ったのだという。
そして十数人の和太鼓部に3~4人の通常学級の生徒が加わった。それまで支援学級と通常学級の間の交流はほとんどなく、土方先生も当初は不安を拭えない。しかし、そんな心配は無用だった。近年は通常学級の生徒が30人程度にまで増え、部員約50の大所帯に膨れ上がっても、生徒同士で話し合いながら公演に向けて練習で汗を流している。
すると、土方先生が予想しなかったプラス効果が生まれた。通常学級の部員が学級に戻ると、支援学級の仲間の話をするようになったのだ。土方先生は「無知からくる偏見が一番怖い。陰で何気なく話されていた差別的な言葉や悪口を聞いてしまい、登校できなくなる支援学級の生徒もいます。そういうことがなくなるよう、両者がつながってほしいと願っています」と話す。
とはいえ、一般社会ではそうした理解がまだまだ進んでいないのも事実。和太鼓部にいた生徒が高校卒業後に就職するケースはたくさん出てきているが、残念なことに2~3年で退職することがあるという。
土方先生に話を聞くと、次のような理由が多いそうだ。支援学級を卒業し生徒は、就職先で決められた仕事をきちんとこなしていく。そこで上司は、もう少し難しい仕事や役割を与えようとする。給料などの待遇がよくなり、モチベーションの向上にもつながると信じるからだ。しかし、これが障がい者にとっては逆に苦痛になってしまい、仕事を辞めてしまうというのだ。
調布中の和太鼓部に通常学級から入ってきた生徒も、将来どんな仕事に就きたいか真剣に考え始める時期を迎えている。中には、「特別支援学校の教師を目指したい」と土方先生のところに相談に来る教え子もいるそうだ。部活動を通じた心と体の交流から学んだ子どもは社会に出た後、障がい者の気持ちが分かる職場のキーパーソンになってくれるのではないかと思う。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の中には、「誰一人取り残さない」という理念がある。当然、障がい者も含まれる。調布中和太鼓部のような取り組みが広がることで、世の中にこの理念に対する理解が進んでほしいと思う。
(写真)提供以外は筆者 PENTAX K-70
間藤 直哉